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〜 歌えるようになるまで練習する? 〜
指揮者:高橋 英男
 私が、かつて聞いた言葉で今でも心に残っている言葉を紹介しましょう。
 私は、20歳代後半に「年に1度7日間だけ存在する合唱団」に参加していました。「唄う会」という団体で、主宰は、現在陶芸の芸術家として大活躍されている川喜田 敦氏がされていました。その団体は、その年のはじめころに、その年に歌う曲が決められ、参加者が全員「譜読み完了」で全国各地から集まってくる、という成り立ちのものでした。
 そして、「唄う会」の指揮者は田中 信昭先生でした。私の合唱に対する様々なことは、かなりの部分で、「唄う会」での経験をベースにしているところがあります。特に田中先生のご指導からは、色々なものを「盗もう」としました。(もちろん、多くのことは、私の力不足で盗みきることができず、現在の私の程度は、田中先生の足元に遠く及びませんが・・・)
 ある練習中のことです。たしか、林 光先生の『原爆小景』の「日の暮れ近く」を練習していた時だと記憶しています。この曲は、譜面ずらからして非常に難解で、私も自分の限界を悟った曲でしたが、多くの団員が苦しんでいました。そんな時に、田中先生が次の一言をおっしゃいました。
 「皆さんが、この曲をどうしてもお歌いになりたいのならば、一つだけあるとてもよい方法をお教えしましょう。」
 私は、以前に純正律と平均律のピッチの違いについて、数学的な部分まで触れて説明していただいたことを思い出し、「きっと、このような曲を理解し、歌いきるための『秘訣』のようなものが話されるものと思い、身を乗り出し、手にしていた鉛筆を一層硬く握りなおしました。すると、田中先生が次におっしゃった言葉は、次の一言だったのです。
 「それは、唄えるまで練習することです。」
 何か、脳天を金鎚か何かでたたかれたような衝撃でした。それまでの何年間か、いわゆる『難しい曲』を歌いきってきて(自分なりにそう思ってきて)、少し「いい気」になっていた自分に加えられた鉄拳のように思われました。「原爆小景だって何とかなるさ」という「甘え」が自分になかったか? 「譜読み完了参加」の意味を、甘く取っていなかったか?
 さて、今改めてこの言葉を考えてみると、これは「アマチュアが音楽を深めていく時のヒントになる言葉」ではないかと思うのです。アマチュアは「プロフェッショナルのような、短時間であらゆるスタイルの音楽を形にし、表現していく力」はありません。しかし、時にプロ以上の表現をし、聴衆に感動を与えるのは、「自分が歌いたいように唄えるようになるまで、練習を重ねた結果が、音楽としての魅力を生み出すからではないか」と思うのです。
 言うまでもなく、イクトゥスはアマチュアです。素敵な音楽をするために、「自分が出来る範囲で、できるだけのことを楽しくやる」という姿勢を、いつまでも持っていたいですね。ただし、「楽しく」というところも大事で、力みすぎて「辛く」なると、うまくいかないのですね。
 土曜の夜の楽しいひと時を贅沢に過ごしましょう。

2004-2005合唱団イクトゥス